出発、そして崩れていく予定表
アルガルベを出発したのは、
まだ夜も明けきらない朝の3時。
フロントガラスの向こうには、ポルトガル特有の深く静かな夜が広がっていました。
ポルト、コインブラ、エボラ。
総距離1,000kmを超えるこのロードトリップのために、
私は1週間前から分刻みのプランを立てて臨みました。
「せっかくのポルトガルでの家族旅行。子どもたちにたくさんの美しい景色を見せたいし、特別な思い出にしたい」
そう意気込んで、
Googleマップと睨めっこしながら組み上げた完璧なスケジュール。
でも、車を走らせて数時間もしないうちに、
その予定表は音を立てて崩れ始めました。
ガタガタと石畳を拾うチャイルドシートの上で、ニコちゃんが突然、泣き叫び始めます。
「予定と全然違うやん……」
あやしても、お気に入りの歌を歌っても、車内はしばらく嵐のようなカオス状態。
ようやく逃げ込むように辿り着いたサービスエリアで、
ほっと一息つこうと買ったコーヒーは、
受け取った瞬間に子どもたちの手によってテーブルへひっくり返されました。
「今日一日、こんな調子でやっていけるんだろうか」
まだ午前中だっていうのに、私の心はもうポッキリと折れかけていました。
焦りとイライラの正体
正直に言うと、
この旅で一番しんどかったのは、
双子が泣くこと自体よりも、
自分の中に湧き上がる「焦り」と「イライラ」だったりします。
「あそこのポルトガル料理屋に行きたかったのに」
「あの街のあの景色を、あの時間に見せてあげたかったのに」
頭の中の理想のスケジュールと、
目の前で崩れていく現実とのギャップ。
かつて保育士として働いていた頃の私は、
何十人もの子どもたちを前にして、
どんなハプニングが起きても笑顔で楽しむ余裕がありました。
それなのに、どうして自分の子どもとの旅では、
こんなに予定通りにいかないだけで余裕を失い、焦ってしまうのだろう。
そんな、「プロとしてのプライド」と「一人の不器用な母親としての自分」との間の葛藤。
大人だけだったら、ゆっくりご飯を食べて、お土産屋さんを覗いて……
ってできるのに、今は全然。
そんな余裕、どこにもない。
肩にぎゅっと力が入っていくのがわかりました。
旅の途中で教えてもらった、優しさのかたち
そんな風に「周りに迷惑をかけないように、ちゃんと良い親でいなきゃ」
と肩をすぼめている私をほどいてくれたのは、ポルトガルで出会った人たちのおおらかさでした。
車旅の途中、少し車を置いて、街の中を移動するために小さなローカル電車に乗り込んだときのこと。
ぐずぐずで不機嫌な双子を抱っこして乗り込んだ瞬間、
周りの大人たちが、申し訳なくなるほどサッと席を譲ってくれたのです。
それだけではない。
隣に座ったマダムが、困った顔の私を見て微笑み、
電車が揺れる間ずっと双子をあやし続けてくれました。
双子が小さな手を振ると、車両の中にいるほとんど全員が、
まるで自分の孫にするように振り返してくれます。
ポルトガル語で何て言っているかはわからないけれど、
すれ違う人たちが目を細めて、 「TWINS、Beautiful(双子ちゃん、可愛いね)」
と声をかけてくれる。
「子どもは騒いでなんぼよ!」という温かい空気が、街のいたるところに満ちていました。
「旅の予定が遅れる」ってことを、ここでは誰も咎めない。
まるで「それだけ、この街をゆっくり味わえるね」って言っているみたいな、おおらかな空気。
日本にいた頃の私は、きっと「予定通りに進めること」こそが正解だと信じて疑いませんでした。
でもここでは、遅れることも、寄り道することも、
ただの「旅の一部」として静かに受け入れられている。
そのことに、ハッとしました。
エボラの木陰で気づいた、本当に欲しかったもの
結局、余裕を持って組んでいたはずの予定の多くを、
私たちは諦めることになりました。
見たかった観光スポットも、行きたかったレストランも、いくつも手放しました。
でも、それで良かったのだと今は思える。
旅の最後、私たちはマラテカの街に立ち寄りました。
雲ひとつないポルトガルの青空の下、
大きなコルクの木の木陰を見つけ、
パン屋さんで買ったばかりのシンプルなパンを家族4人で食べました。
結局、お行儀良く素敵なレストランで食べるより、
そよそよと吹く風を感じながら、公園でパンを頬張る方がずっと慌当たらしくないし、
誰にも気を遣わなくていい。
素敵なレストランは双子が大きくなったらいくらでも行けるけれど、
こうして公園でピクニックをして、なんでもないことで笑い合えるのって、
今この瞬間しかないんだろうな、なんて思ったりして。
その瞬間、ふと気づきました。
私が本当に欲しかったのは、分刻みのスケジュールをすべて達成することでも、
有名な遺跡や絶景をひとつ残らず見ることでもなかった。
ただこうして、木漏れ日の中で、みんなで、何でもない時間を笑い合っていること。
それだけだったのだ、と。
旅の——そしておそらく育児の——価値って、
観光地を巡るスタンプラリーの達成度で測れるものじゃないんだと思います。
むしろ、予定が崩れたその隙間、
ハプニングのあとにふっと生まれる「愛おしい余白」の中にこそ、
本当に大切なものがあるのかもしれない。
同じように「完璧」を求めて苦しんでいる、あなたへ
育児も、日々の暮らしも、計画通りにいかないことばかりだと思います。
予定が崩れるたびに焦って、うまくいかなかった一日を、
夜に一人でこっそり反省会にかけちゃう。かつての私。
でも、完璧な計画を手放したその先に、
子どもが本当は一番見せたかった、宝物みたいな笑顔が待っているのかもしれません。
たまには予定表をそっと閉じて、目の前のハプニングごと、旅として——暮らしとして——楽しんでみませんか。
(ポルトガルでのドタバタ車旅のリアルな様子は、YouTubeでVlogラジオとしても配信します。もしよければ、耳から聴く「旅の余白」も覗いてみてくださいね。)


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